製薬業界で感じた強い課題感から創業。Antler Japanの第一号投資先に
「Yapの最終的な目標は、古い商慣習に縛られた医薬品業界をアップデートすることです。」
そう語るのは、「Antler Cohort Program」に第一期生として参加し、Yap株式会社を創業した山本正也さんだ。25年間、製薬会社で勤務してきた経験を活かし、医薬品の流通管理業務における「手作業」のDX化サービス「Yap-BPO」を開始。2023年5月にはAntler Japanから初となる2,000万円のプレシード出資を受けており、国内外から多くの問い合わせも来ているという。2023年7月には優れた開発力でハイクオリティ医薬品を国内及び欧米・近隣アジア各国に提供し高い評価を得ているバングラデシュのUniMed UniHealth Pharmaceuticals社との日本市場進出支援に関する業務提携の基本合意を発表するなど、精力的に事業を推進している。
「約15,000品目ある医療用医薬品のうち、『流通管理品目』と呼ばれる200品目は管理に複雑な手続きが必要です。Yap-BPOはこの流通管理品目の中でも重要度の高いオピオイド製剤や向精神薬、医療用大麻などの管理業務の効率化を目指します。」
こうした管理業務は既存の製薬会社では人が手作業で行っており、属人化してしまっているケースが大半だという。
「管理システムの制作や運用を外注化した結果、保守管理だけでも膨大なコストがかかっていることも多い。Yap-BPOを導入することで、システムの運用コストを50%、年間工数を100%削減することができます。」
DX化を通じて『レッドオーシャン』の製薬業界を変える
Yap株式会社が目指すのは、単なる作業の効率化に留まらない。目標は、製薬業界の流通構造の変革だ。
「製薬業界の市場はレッドオーシャンと言われています。法改正により薬価は年々安くなっており、既存のビジネスモデルが限界を迎えつつあるのです。」
その象徴ともいえるのが、医薬品の価格構造だ。薬価(公定価格)が固定されているため、卸業者の取り引きでは製薬メーカーからの仕切価(仕入れ価格)よりも、医療機関への納入価(販売価格)のほうが安くなってしまう現象が起きている。「売れば売るほど損をする」という構図だ。
「卸売業者はこの価格差を製薬会社からのリベート等で補い、なんとか利益を確保している状態。このような卸売業者の価格競争と医療機関のバイイングパワーは、薬価を毎年下落させ、採算の取れない医薬品が増えてきている。加えて、大手ジェネリックメーカーの不祥事により国内生産能力が大幅に低下し、約3年前から医薬品不足は改善を見ない。以前まであった薬が薬局から姿を消してしまう…というケースも実際に起きています。業界構造の問題で患者さんに必要な薬が手に入らない。この現状は絶対におかしい。」
製薬会社からみた流通コスト増加の一端が、先ほどの流通管理品目を含む、手作業に頼った管理業務のコストだ。ここをDXしてコストを下げることで市場構造を健全化する。製薬業界の産業構造変革の第一歩として、これまでは参入が難しかった海外のスタートアップ製薬会社や国内外のジェネリックメーカーも市場に参入できるようになると山本さんは見ている。現在、日本だけでなく、アメリカ、インド、南アフリカの製薬会社と交渉を行い、海外製薬企業の日本参入業務を低コストでサポートし、全く新しい流通網の構築を目指している。
「起業しませんか?」SNSで受け取ったメッセージが転機に
そんな山本さんがAntlerを知ったきっかけは、LinkedInだった。
「ある日いきなり『起業しませんか?』というメッセージが届いたんです。」
人材紹介会社やヘッドハンティング会社からのメッセージを受け取ったことはあるが、いきなり起業を勧めてくるメッセージは初めて。そこに興味を持ち、応募を決めた。
「前職では、業務が煩雑な流通管理品目を自分一人で担当していました。医薬品のマーケティングやベンダーとの交渉、医師とのトラブル対応、コスト削減の検討……様々な業務の中で感じていた『ペイン』を、ありのままぶつけてみようと思ったんです。」
これまでずっと会社員として働いていた山本さんは、起業に関する知識はゼロ。しかし、肌で感じていた課題感をありのまま語ることで、Antlerの複数回に渡る面接を突破した。
「今年で50歳を迎えました。人生一区切りという意味で、タイミング的にもよかったですね。これまで製薬会社を何社も渡り歩いてきた経験があるので、どんな場所に身を置いても生きていける自信があった。『日本初開催の起業支援プログラムで絶対に資金調達する』と意気込んでましたよ。」
常識を疑い、業界の『ペイン』を探すことが事業の核につながる
こうして起業支援プログラムに参加、参加者の中でいち早く投資委員会の審査を通過し、資金調達をした山本さん。プログラムを通して事業を立ち上げていく過程で、一番重要だった局面を聞いてみた。
「チーム作りですね。最初の2週間を使って、誰とどんなチームを作るのかを決めるんです。僕の事業モデルはDXを掲げていますが、技術として最先端のものを使うわけではない。いわゆる『Web3』と呼ばれるような領域の事業と比べて、興味を持ってくれるエンジニアが圧倒的に少なかった。」
だからこそ「とにかくたくさんのエンジニアの方に声を掛けました。」という山本さんが、紆余曲折を経て出会ったのが現在のCTOである布施さんだ。
「最初は別々のチームだったのですが、彼が元のチームを離れることになったためずっと狙っていました。大手ベンダーで勤務した経験もあり、事業の意義も理解してくれた。彼との出会いは非常に大きかったと思います。」
スタートアップ未経験の環境から、チーム作り、事業モデルの構築といった様々なハードルを乗り越え、資金調達に成功したYap株式会社。その成功を支えた要因もまた、自分が感じていた『ペイン』であったと山本さんは言う。
「何が課題なのか、今の会社でそのような課題が議論されないのはなぜか?その課題を打ち壊すために何が必要なのか。自分はそれにチャレンジし、やりきる自信があるか?……。そんな自分の中にあった熱い気持ちをありのままぶつけていったことが良かったのかなと思います。起業支援プログラムに参加して感じましたが、業界内での常識が、外から見ると全然違って見えることがある。これから参加する人たちもぜひ、自分が身を置いている業界で感じている『ペイン』を大切にして、そしてその『ペイン』を克服するソリューションを徹底的に突き詰めて欲しいです。あなたの感じる『ペイン』が、世界を変えます。」